かっきーの雑記(仮)

あちらこちらで興味が湧いたものをとりあえず書き留めておく用。

井上道義×野田秀樹「フィガロの結婚~庭師は見た!」(2015/5/26@金沢歌劇座)【ネタバレあり】

フィガロの結婚金沢公演


モーツァルトフィガロの結婚」といえば、何と言っても「序曲」が有名です。実は私が初めて石川県立音楽堂へオーケストラ・アンサンブル金沢の公演を聴きに行った時、プログラムの1曲目がこの「フィガロの結婚」序曲でした。3階席の一番安い席でしたが、その華やかで奥行きのある響きに、一瞬にして鳥肌が立つ感動を覚えました。まさにこの瞬間、私はオーケストラ演奏会の虜となったのでした。

その後もこの曲は節目節目に登場し、いつも私に昂奮と陶酔を与えてくれます。岩城宏之さんの後継として井上道義さんがOEK音楽監督に就任した記念の演奏会では、「(故岩城夫人)木村かをりさんに捧げる」としてアンコールにこの曲を演奏されたのも印象深いです。また、個人的なことを申せば、2年前の自分の結婚披露宴の際、ウェディングケーキはこの曲の冒頭旋律の譜面をモチーフとしたデザインにしてもらいましたし、お色直し後の入場曲はこの曲でした。

ウェディングケーキ


そんな思い入れたっぷりの「フィガロの結婚」ですが、オペラとして全編鑑賞したことはありませんでした。ところがある日、ついに金沢でオペラ「フィガロの結婚」が上演されるという知らせが! 指揮・総監督はOEK音楽監督の井上道義さん。管弦楽はもちろんオーケストラ・アンサンブル金沢です。しかも……演出はあの「野田秀樹」さんのこと! クラシック界と演劇界の鬼才による奇跡のコラボです! これは見逃せない! 絶対に行かねば!! …というわけで、発売開始早々にチケットを確保し、首を長くしてこの日を待っておりました。そして迎えた上演当日、期待通りの大満足の公演でございました。

歌劇座看板開演前


【(注)以下、壮大にネタバレあります】

井上さんの熱烈なラブコールにより演出に迎えられた野田さんの回答は、いわば「井上道義野田秀樹の『結婚』」。それはまさに「オペラ」と「演劇」、あるいは「西洋」と「日本」の出会いとでも言うべきものでした。

オペラは西洋が舞台のものが多く(この物語もスペインが舞台)、本来、西洋人がこれを演じる方が自然でありましょう。日本人がイタリア語のオペラを演じるというのは、正直、違和感がないわけでありません。しかし、諸々の事情によりキャストを全員西洋人で揃えるというわけにもまいりますまい。というわけで今回は、アルマヴィーヴァ伯爵、伯爵夫人ロジーナ、小姓のケルビーノの三人が外国人キャスト、それ以外は全員日本人キャストという混成チームとなりました。まあ、こういうキャスト構成はよくあるパターン。

ところが、今回の井上×野田作品では、こうした(以前からなんとなく実は違和感があると思われていた)事情を逆手に取って、むしろこの事情を積極的に利用して物語に活かす道を選んだようでした。物語の舞台を幕末の長崎に変更し、登場人物は、黒船に乗って日本にやって来た伯爵夫妻と、彼らに仕える現地の日本人たちという設定に引き直されました。日本人役の名前も、フィガロは「フィガ郎(ふぃがろう)」、スザンナは「スザ女(すざおんな)」、マルチェリーナは「マルチェ里奈(まりちぇりな)」、バルトロは「バルト郎(ばるとろう)」といった具合です。

そして、日本人だけが登場する場面では、日本語が用いられており、これにより言語に関する違和感がずいぶん緩和されていました。たとえば、冒頭のフィガ郎とスザ女が新居となる部屋でベッドの採寸をする場面では、原語ではフィガロが「Cinque...Dieci...Venti...(5、10、20…)」と歌うところ、フィガ郎が「三寸、四寸…」と日本語で歌い始めます。特にここは上演の最初の場面ですので、聴衆も、ああ日本語で聴けるのだなと承知するわけです。とりわけ今回は聴衆に野田ファン、演劇ファンが多く、私も含めオペラ初心者も多いため、これはずいぶん安心感を与えるように思います。

他方、その他の場面、伯爵夫妻やケルビーノが登場する場面、あるいは日本人キャストによる有名なアリアにおいては、オリジナル通りイタリア語が用いられ、原語版の醍醐味を損ないません。なお、初めて伯爵が登場する場面では、それまではずっと日本語で進行していたものですから伯爵も最初はカタコトの日本語を話すのですが、「無理して日本語を喋らなくていいんですよ」とツッコミが入ります。そして、以後、伯爵はイタリア語で会話し、またその際は同時に、日本語訳が字幕が映し出されるようになる、という共通認識が瞬時にできあがります。うまいことできてますわ。

さらに、今回の副題が「庭師は見た!」となっている通り、庭師のアントニオならぬ「アントニ男(あんとにお)」の目線から見た伯爵邸のドタバタ劇という形で、アントニ男が狂言回しとしてナレーションを入れる手法が取られています。というわけでこのアントニ男は歌手ではなく、劇団「ナイロン100℃」の俳優である廣川三憲さんによって演じられました。この「フィガロの結婚」はとにかく登場人物間の関係が複雑なため、こういった説明役がいるとおおいに鑑賞の助けになります。今回も要所要所で現われ、登場人物を操り人形のように動かしながら、現在の状況をその都度説明してくれました。なお、アントニ男にも一部歌の場面もあるのですが、歌も難なくこなしていてその点も素晴らしかったです。

また、演出として効果的だったのが、「演劇アンサンブル」とクレジットされていた方々によるエキストラ演技やダンス表現でした。合唱団の面々がエキストラとしてその他群衆を演じることが多いですが、今回はそれを精鋭のプロフェッショナル陣が担います。特に三人の女性よるバレエダンスが演者の感情をさらに際立たせていて良かったです。

そして、OEKファンとしては、モーツァルトの音楽を堪能できたこともおおいに嬉しいことでした。井上さんの遊び心にあふれた軽快な世界がオーケストラ・アンサンブル金沢により活き活きと繰り広げられました。

あと興味深かったのは「少年」役のケルビーノ。普通は女性のメゾソプラノが男装して演じることが多いのですが、今回は大柄な男性のカウンターテナー! これがまたいろいろなギャップを生み面白味を醸しだしていたようです。

【(注)以下の部分が最も大いなるネタバレです!】

***

原作が古典オペラであり、筋書きが公知のものですので、ネタバレも何もない……はず、なのですが……実はこの野田版フィガロでは、原作の世界観をごっそり覆す演出が飛び出したのです。

物語のラストもラスト、伯爵が夫人に謝罪をし、夫人がこれを許して、一同で夫妻を祝福、めでたしめでたし……で終わるはずのところ、なんと夫人が伯爵に猟銃を向け発砲するのです! 大団円と思っていた一同はびっくりして目を剥きます。夫人のこの一撃は命中せず外れましたが、(ここから一同スローモーションとなって)夫人は再度伯爵に銃を向けます。パニックに陥る面々、焦った顔でこれを手で制する伯爵…! と、この形で終演となったのでした。

うわわ~~! めでたしめでたし、で終わると思いきや、なんという巨大な爆弾! どれだけでかい余韻を残していくんですか!?という(笑)。

もっとも、この作品自体、そもそも貴族を痛烈に皮肉っており、実は当時の風潮から言えば上演できたのが不思議なくらいなのですが(台本を書いたダ・ポンテが皇帝を巧く懐柔して許可を得たらしい)、最後に伯爵が(なんだかわからないけど)すべて許されハッピーエンド、という結末だったからこそ、貴族階級も目をつぶっていた面があると思うのです。当時だったら絶対に上演禁止ですね(笑)。

それをバッサリ覆して、いやいや、許すわけないだろ!と。

でも、普通に考えて、伯爵夫人があの状況で伯爵を無条件で許すかというと…まあ、なかなかそんなはずはありませんわね。野田さんは、そういう無理矢理な予定調和がどうにも引っかかっていたのでしょう。鑑賞の翌日にネット記事を漁ってたら、上演前の野田さんのインタビューにそういったことを匂わす発言を見つけ、やはりそういうことだったかと納得したのでした。

さらに野田さんは、「突然最後に『許しましょ~、許しました~』で、終わるんだけど、そこで終わるのか!?っていう気がしていて。観る人聴く人に納得できる形で整理しようと」と。サスガ野田さん、いいとこ突きます。ん?もしかして、喜劇じゃなくなる!?

【WEB連載:はーこのSTAGEプラスVol.7】野田秀樹が鬼才・井上道義とオペラ演出に挑戦、新オペラの幕開けだ! | ニュースウォーカー



終演後は観客の皆さんもスタンディングでオベーション!

というわけで、この驚天導地の結末も含めて(笑)、井上道義×野田秀樹の「フィガロ」は見事に「オペラ」と「演劇」、「西洋」と「日本」が絶妙なる融合を果たし、音楽も演出もすべて期待通り、いや期待以上に楽しめたのでありました。

モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚~庭師は見た!~新演出」
W.A. Mozart: OperaLe Nozze di Figaro” New production
全国共同制作プロジェクト 金沢公演

2015年5月26日(火) 18:30開演@金沢歌劇座

指揮・総監督:井上道義
演出:野田秀樹

アルマヴィーヴァ伯爵:ナターレ・デ・カロリス
伯爵夫人ロジーナ:テオドラ・ゲオルギュー
スザ女(スザンナ):小林沙羅
フィガ郎(フィガロ):大山大輔
ケルビーノ:マルテン・エンゲルチェズ
マルチェ里奈(マルチェリーナ):森山京
バルト郎(ドン・バルトロ):森雅史
走り男(バジリオ):牧川修一
狂っちゃ男(クルツィオ):三浦大喜
バルバ里奈(バルバリーナ):コロン・えりか
庭師アントニ男(アントニオ):廣川三憲

金沢フィガロクワイヤー
オーケストラ・アンサンブル金沢

声楽アンサンブル:
佐藤泰子、宮田早苗、西本会里、増田 弓、新後閑大介、平本英一、千葉裕一、東 玄彦
演劇アンサンブル:
河内大和、川原田 樹、菊沢将憲、近藤彩香、佐々木富貴子、下司尚実、永田恵実、野口卓磨



【おまけ】

鑑賞後の食事。金沢市本多町「酒屋彌三郎」。





特別ゲストはOEKの大澤さんw