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かっきーの雑記(仮)

あちらこちらで興味が湧いたものをとりあえず書き留めておく用。

【映画】最後の忠臣蔵(2011/1/3@イオンシネマ金沢フォーラス)

レイトショーで鑑賞。なんとぼくと同行者以外には、他にお客さんが誰もいない…貸し切り状態でした(^^;) 評判のいい作品のはずなのに、こんなの初めてです。年齢層が高い作品で正月のレイトショーというのは人気薄なのかな?

さて、以後ネタバレあります。ご注意を!

吉良邸討ち入り四十七士のうち、討ち入り直後にただひとり切腹せずに離脱した寺坂吉右衛門。実は彼には大石内蔵助から密かに命ぜられた任務がありました。浪士の遺族に討ち入りの詳細を伝え、遺族の生活が成り立つよう取り計らうべし…。十余年の月日を経てようやくその任務を終えた寺坂は、京の外れでかつての親友・瀬尾孫左衛門の姿を見かけます。孫左衛門は大石家の家来でしたが、討ち入り前夜に突然脱盟、逃亡したのでした。しかし実はこの孫左衛門こそ、大石からの別の密命を忠実に遂行したもうひとりの人物だったのです。その密命とは、大石の愛妾・可留の娘、可音(かね)を公儀の追手から守り、一人前に育て上げるというもの。孫左衛門の献身的な養育の甲斐あって、可音は見目麗しく立ち居振る舞いの美しい女性に成長していました。そうして年ごろになった可音は、ある日、人形浄瑠璃の芝居小屋で、豪商・茶屋四郎次郎の跡取り息子に見初められます。ところが、可音が淡い恋心を抱く相手は、物心がつく前からずっと面倒を見てくれた孫左衛門そのひとなのでした…。とはいえ、まるで親子のような間柄、ましてや主家の息女と家来との間では恋が実るはずもなく…やがて可音は良縁を受諾し、茶屋四郎次郎家へ嫁ぐことを決心します。

卑怯者だの、命惜しさに逃げただのと謗りを受けつつも、ひたすらに可音のためだけに生きる孫左衛門。その愛情を一身に受け、孫左衛門に全幅の信頼を寄せ慕う可音。ふたりの間に育まれた情愛は深く暖かく、しかし決して結ばれることのない恋慕は切なく…。役所広司さんと桜庭ななみさんの演技がじつに見事で、物語におおいに惹きこまれます。特に終盤、輿入れのシーンは最高潮。感動の波が怒涛のようにぐっと胸に押し寄せます。ここまでの2時間はとても素晴らしい。問題はこの後です。

可音の嫁入りを見届け、大石の密命を果たした孫左衛門。彼がこの後とった道は…十余年の月日を経て、大石および同志たちの後を追って切腹して死することでした。「忠臣蔵」的にはこれが当然、お決まりの結末でありましょう。命尽きる直前に駆けつけた寺坂から「孫左!おぬしこそ最後の赤穂侍じゃ!」と激賞されます。しかしですよ…このお決まりの結末が、どうも収まり悪く感じてしまったのです。

まず想像せざるを得ないのは可音の心の内。自分が嫁いだ途端に孫左衛門が自害して果てたと知れば、可音が自らを責め、後悔に苛まれることは容易に想像できるはずでありましょう。それでも孫左衛門は「武士道」を貫き、自らの美学のために切腹して果てる道を選びました。「孫左は武士でござる」と常々可音に語っていた通りに。この孫左衛門の行為は、いままでずっと可音のために生きてきたといいつつも、結局は可音を絶望の淵に突き落とす最悪の結果を生むのではないでしょうか。「武士道に殉じる」という美名の自己満足にすぎない、あまりにも身勝手な行為だと批判しうるのです。同行者は、特にこの点に納得がいかないようすでした。武士道の美学は理解するが、せめて婚儀直後ではなく、たとえば旅僧になると称して住処を去り、旅先で独り密かに果てるならまだしも…。他方、この作品を2010年邦画ベスト1に選出した友人のCMプロデューサーK君は、これこそが「武士道」だと断じ、孫左衛門の行為を当然のことと絶賛します。自己満足結構。もともと武士道とは大いなる矛盾を孕むもの。身内にいかなる犠牲があったとしても、主人に殉じて死ぬことこそが武士の第一義の務めなのだと。…ううむ、なかなか難しいところです。

さらに事態を不可解にしているのが寺坂の言動です。大石の密命を遂行し終えたという意味では寺坂も孫左衛門と同じ立場。ところが彼は任務を終えた今でも生きていますよね。その寺坂が孫左衛門の切腹について賛辞を送るというのはおかしいのではないか、自分のことを棚に上げて何を言うかと。あるいは寺坂としては、実際に討ち入りに参加した者として、生きて浪士たちの忠義を広く語り伝え、その正当性を訴え続けることこそが大石の本意だと考えているのかもしれません。その意味では、自らの任務は終わっていないという認識なのでしょう。だとすればそれは孫左衛門も同じこと。可音が今後憂いなく過ごせるように取り計らうのも重要な使命といえましょう。そのためには、自らの美学ごときのために殉じて軽々に死んではいけないのです。思えば夕霧太夫も、それを慮って(死を禁ずるために)孫左衛門とともに生きると告げたのでしょう。ここまで来たら、生き抜くこともまた忠義。たしか大石が孫左衛門に任務を託す際にも「生きて生きて生き延びよ」と命じたのではなかったでしょうか。だから寺坂は、孫左衛門の死に際しては、賞賛ではなく批判して然るべきだと思うのです。「そうではない!死んではならぬのだ、孫左!」とでも最後に言ってくれれば、ぼくはすんなり納得できたでしょうに。

…と、つらつら考えているなかで、映像表現としてひっかかった点が2つ。ひとつは孫左衛門の切腹により、大石の位牌に血しぶきがかかるシーン。主人の位牌を血で汚すなど、普通に考えたら不忠の極みでしょう。これはどうみても武士の美学とは相容れない…。もうひとつは、劇中、随時挿入される人形浄瑠璃曽根崎心中」。武士の切腹と、男女の心中というのは同じ自死でも意味がまるで異なりますし、この挿入映像は何の意味があるのか…と。そこではたと思い至ったのは、孫左衛門の切腹は、実は武士道の帰結なのではなく、彼の中では可音との「心中」なのではないかと…! そういえば、切腹を前にして孫左衛門の脳裏によぎったのは、主家大石のことではなく、可音と暮らしたやさしく温かな日々でした。大石家の紋の入った着物を身をまとい、武士としての作法を装いつつも、その実、殉じる先は大石ではなく可音との思い出だったのではないでしょうか。位牌に血にかかったとしても、それはまさに武士道とは無縁だという証左かと。決して結ばれることのない禁断の愛を永遠のものとするための「心中」。もちろん可音が死ぬわけではないので、それはあくまで「片面的心中」とでもいうべきでしょうが、あるいは可音が孫左衛門への想いを絶ち切り嫁ぐことを決めたとき、既に精神的には自らを殺したといえないこともありません。そこで思い起こされるのが、輿入れの際、同行を願い出る旧家臣に対する可音の堂々たる振る舞いです。この姿を見る限り、可音はすでに今までの日々と決別し、日本一の商家の嫁として生きていく覚悟を固めたものと思われます。そしてそんな聡明で気丈な彼女ならば、孫左の切腹も予想しえたはずで、孫左衛門の教えの通り、武家の娘として、悲しむこと、寂しがることを自ら禁じたのでしょう。

ということで、最後の切腹をどう捉えるかは大いに議論の余地があり(それもまた興味深い)、ぼくの解釈はそうとう無理やりという感じもしますが、いちおうの解答を得た気でいます。少なくとも、切腹の前までは文句なく素晴らしいと再度申し上げておきましょう。

★★★★

4043687109最後の忠臣蔵 (角川文庫)
池宮 彰一郎
角川書店 2004-10

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