かっきーの雑記(仮)

あちらこちらで興味が湧いたものをとりあえず書き留めておく用。

シネマ歌舞伎「野田版研辰の討たれ」@金沢21世紀美術館

金沢21世紀美術館では、現在「日比野克彦アートプロジェクト『ホーム→アンド←アウェー』方式 meets NODA [But-a-I] 」と題し、劇作家・演出家の野田秀樹氏をゲストアーティストに迎え、演劇要素を美術館表現に導入するプロジェクトが進行中。この日はそのプロジェクトの一環として、野田秀樹氏が脚本・演出を手がけた歌舞伎「野田版 研辰の討たれ」の「シネマ歌舞伎」版が上映されました。HD収録した舞台の映像をスクリーンで上映するもので、上演された主要各都市では好評を博しています。今回、金沢に初登場するというので出かけてきました。

この作品、役者やお囃子、舞台のつくりといった舞台素材は歌舞伎のものですが、その他芝居の進め方全般は歌舞伎のそれとはかなり違います。普通の舞台劇、しかも相当わかりやすい喜劇として観ることができます。予備知識はまったく不要で、歌舞伎を知らない人もすんなり観られることでしょう。なお、上演・収録当時(平成17年5月)に流行った波田陽区アンガールズのギャグが劇中で使われていますが、これに関しては、今観るとけっこうツライものがあります。

「研辰」とは刀研職人から武士になった本作の主人公・守山辰次のこと。赤穂浪士討ち入りに沸き立つ剣術道場の同僚に対し、辰次はこれを揶揄し、同僚の激しい反感を買います。辰次は屁理屈をこね、主君の奥方に取り入って何とか正当化を図るのですが、結局、家老にさんざんに打ち据えられてしまいます。そこで辰次は家老に仕返ししようと軽いイタズラを仕掛けます。ところが家老は思いがけず死んでしまい、辰次は不本意にも家老の息子兄弟に追われる身になります。

仇討ちを馬鹿馬鹿しいものと言い放ち、口八丁で強者に取り入り、土下座も厭わず媚びへつらい、往生際悪く逃げ回る――武士道に心震え、任侠に恍惚を覚えるような従来の歌舞伎的価値観からは、そうとう異質な作品です。もっとも、だからこそこの作品は現代の舞台作家によって甦るのがふさわしいといえましょう。勘三郎(当時勘九郎)さんの愛嬌のある軽妙な振る舞いが、そうした異質な価値観を自然に受け入れる手助けとなります。そして、従来の美学を滑稽に笑い飛ばすだけでなく、あっと息を飲む意外な終わり方は、その後味の悪さ、苦々しさによって、仇討ちの美学に対するアンチテーゼ性をさらに増幅しているように思われます。

B000276YRO歌舞伎名作撰 野田版 研辰の討たれ
中村勘九郎, 野田秀樹, 坂東三津五郎
NHKエンタープライズ 2004-07-23

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なお、このシネマ歌舞伎鑑賞の前後も、ひさびさに金沢21世紀美術館に長居して芸術の秋を堪能しました。まずは「サイトウ・マコト展:SCENE [0]」を鑑賞。グラフィックデザイナーであるサイトウ・マコト氏によるデジタル絵画の個展です。映画のワンショットをデジタル加工した作品群はどれもどこか客観的で、突き放されたような感覚に陥ります。再訪してもう一度じっくり観てみたい作品もいくつかありました。

シネマ歌舞伎上演終了後は、館内で、先日OEK定期公演にも登場したクレメラータ・バルティカの首席奏者たちによる室内楽が演奏されていました。題して「Re:Baltic Passion バルト海からの響き、再び」。OEKと21世紀美術館の連携企画「music @rt」の一環です。曲はメンデルスゾーンの弦楽五重奏曲第2番変ロ長調。OEK定期公演のときにも思ったのですが、クレメラータ・バルティカのみなさんはひとりひとりが響かせる音量が豊富。それを濁りのない美しいアンサンブルに組み立ててくれるのですからその素晴らしさに圧倒されるのです。

その後「コレクション展II」へ。今回のコレクション点は、奈良美智氏のキュートな作品をはじめ、アニメ趣味に通ずるポップな作品が多いようです。そして、クレメラータ・バルティカの2回目のパフォーマンスを再度堪能し(今回は1曲目のヴィタウタス・バルカウスカス「ヴァイオリン独奏のためのパルティータ」も聴けた)、帰路についたのでした。

(2008/09/21@金沢21世紀美術館